インタビュー
2019年3月26日
【モバイル決済キーパーソン】JR東日本 石本秀 IT・Suica事業本部次長 ロングインタビュー「生活の中心にSuicaがある未来へ」
【モバイル決済キーパーソン】JR東日本 石本秀 IT・Suica事業本部次長 ロングインタビュー「生活の中心にSuicaがある未来へ」
◆はじめに――モバイル決済キーパーソンの考えを知る
大型のキャンペーンや新サービスの登場でQRコード決済が大きな話題を呼んでいる昨今。一方、タッチするだけで決済が完了する非接触決済も日々着々とアップデートを重ねている。「モバイル決済キーパーソン」と題した本連載企画の第7回目は、乗車券+電子マネーという特色を兼ね備えたモバイルSuicaの取り組みを石本秀 IT・Suica事業本部次長に聞いた。
【目次】
◆はじめに――モバイル決済キーパーソンの考えを知る
◆ユーザーの更なる利便性向上へ――Suicaのモバイル化が実現
◆2年3ヶ月でユーザー300万人増――モバイルSuicaの躍進
◆決済手段としてのモバイルSuica――今後の拡大・発展は協業が鍵?
◆生活の中心にSuicaがある未来へ――交通・決済
◆ユーザーの更なる利便性向上へ――Suicaのモバイル化が実現
――モバイルSuicaのサービスを開始したきっかけや経緯を教えてください。
カード型のSuicaが始まったのが2001年のことです。モバイルSuicaはその5年後の2006年にサービスを開始しました。当時既にカード型Suicaの発行枚数は1,000万枚を超えていましたが、多くのユーザーさんにお使いいただく中で、「わざわざ券売機に入れなくても、チャージ残額を分かるようにしてほしい」といったニーズも高まっていました。
一方でまた、2004年に初めてNTTドコモさんから発売されたおサイフケータイ対応の携帯端末の普及が広がっていたという状況があります。カード型のSuicaもおサイフケータイも技術としてはFeliCaという規格を採用しているので、ドコモさんとFeliCa技術を持つソニーさんを交えた三社でSuicaの機能アップデートに向けた取り組みができないか――そんな協議を重ねていく中で、モバイルSuicaという新たなサービスが生まれました。結果、現在ではユーザーの携帯端末を乗車券として利用したり、チャージなど残高の管理が出来るサービスに育っています。
――ユーザーのニーズと技術的な協力関係が重なったタイミングで生まれたということですね。
そうですね。また、駅の快適化への貢献という視点もあります。カード型のSuicaを導入した目的の一つが、駅の混雑解消でした。券売機や窓口に並んで従来の切符を買うという手間を減らし、駅の動線をスムーズにする。モバイルSuicaはそこから更に踏み込んで、券売機でチャージをする手間さえなくしてしまおうという発想です。モバイルSuicaでは、電子マネーのチャージを携帯端末から出来るようにするなど機能的なアップデートとともに、駅という環境の整備も見据えてユーザーの利便性向上を目指しました。
また、駅の快適化という点でもメリットがあります。券売機のコストや窓口業務にかかる人的コストの削減も、Suicaを開発した狙いの一つです。
◆2年3ヶ月でユーザー300万人増――モバイルSuicaの躍進
――モバイルSuicaの会員数と、会員の属性に特徴的な傾向があれば教えていただけますか。
2019年2月末の時点で、モバイルSuicaの会員数はおよそ697万人ですね。ちなみにSuica全体の発行枚数は7,515万枚となっています。
モバイルSuica会員の属性に関して言うと、もともとカード型を含めSuicaが首都圏の通勤需要に応えるためのサービスであった面もあるので、やはり働く世代の男性が多い印象でした。
ただ、2016年10月にApple PayへSuicaが対応するようになってから、比較的若い世代や、女性のユーザーも増えてきたように感じています。iPhoneユーザーに若い世代が多いということも関係しているかもしれませんが、春の新生活が始まるタイミングに合わせてApple PayでSuicaを使おうという広告を様々に打ち出してきました。新入学や就職といった環境の変化で定期券などの購入需要が高まるタイミングを狙っていたのですが、順調に効果が出ているという手応えがあります。問い合わせも数多くいただきました。
――Apple Pay対応後には様々な反響があったのですね。Apple Payの対応前後で会員数はどのくらい変化があったのでしょうか。
Apple Payに未対応だった2016年9月末時点でのモバイルSuicaの会員数は約381万人でした。モバイルSuicaは2006年に始まったサービスなので、およそ10年でこの数に達したことになりますが、先ほどもお伝えした通り2019年2月末時点での会員数はおよそ697万人です。つまり、Apple Pay対応後の2年と数か月の間に300万人くらい増えたことになります。ただ、この中にはもちろんApple Pay以外でモバイルSuicaを利用しているユーザーも含まれているので、あくまで参考程度の数値です。
――Apple Pay、そして2018年から対応の始まったGoogle Pay、従来のモバイルSuicaアプリなど、様々な端末で利用できるのはモバイルSuicaの魅力の一つですよね。その他、モバイルSuicaの強みについてもお伺いしてよろしいでしょうか。
やはりもともと鉄道の乗車券から始まったサービスである、というのが一番の強みであると思います。交通というフィールドの中で以前からご利用いただいているユーザーがいて、そこに電子マネーの機能が加わったり、クレジット機能付のカードやモバイルといった媒体が増えながらも、継続してお使いいただいている。その点が他の電子マネーサービス等とは違うところなのかなと認識しています。
また、冒頭にもお話ししている通りですが、券売機に並ぶ手間なくチャージが出来たり定期券が購入できたりするなど、カード型Suicaには出来ない機能があるという強みもあります。
――出来ることが異なるカード型のSuicaとモバイルSuicaが現在は併存している状態ですよね。今後、カード型Suicaのユーザーをモバイルに移行させるような取り組みもお考えですか。
モバイルSuicaの方がカード型のSuicaよりも出来る機能が多いので、徐々にモバイルSuicaの方にシフトしていただけたらと考え、入会キャンペーンや広告宣伝にも力を入れています。
とはいえ一方ではSuicaのカード自体を持っていないという人もいます。また、当社のエリア内でもSuicaが使えない箇所もあります。したがって、第一に当社のエリア内でSuica利用可能エリアを拡大することが重要になります。その上でまだ利用したことがない人々にもカード型Suicaを使っていただき、是非とも利便性を体感していただきたいですね。カード型の使い勝手の良さを実感してもらった後、モバイルSuicaに移行していただく――というのが理想的なアプローチのひとつです。
――まずはSuicaが使えない駅をなくしていく、ということですね。
全国の様々な鉄道会社との相互乗り入れなども含め、これまでの取り組みで既に主要なエリアはカバーできていますが、地方にいくとまだSuicaが使えないケースもあります。コスト的にも難しい部分はありますが、新たな技術の活用により今後対応していきたいと考えている部分です。
(Wallet上のSuicaの画面イメージ。対応後、モバイルSuicaの会員数も大幅に伸びた。)
◆決済手段としてのモバイルSuica――今後の拡大・発展は協業が鍵?
――続いて、モバイルSuicaの決済手段としての側面についてもお伺いします。モバイルSuicaは所謂「モバイル決済」が出来るアプリの一つですが、決済手段として利用される頻度の高い場所はどういったお店でしょうか?
具体的な支払い件数としてお話することは難しいのですが、電子マネーとして街ナカでSuicaの導入を始めたのはコンビニエンスストアやスーパーマーケットでした。現在でもそういった店舗ではSuicaをよくご利用いただいているのではないかと思います。また、Suicaはもともと鉄道の乗車券からスタートしているので、駅の売店や自動販売機など、少額決済で利用されるケースも多いです。
さらに、駅ナカだけでなく、街ナカの飲食店などにもSuicaは広がっています。そういったお店での実績も最近は伸びていますね。
――駅だけでなく街ナカにもSuicaは飛び出していっているんですね。導入店舗の拡大というところで言うと、街ナカに存在している個人経営の飲食店など中小規模の店舗への展開についてはどのようにお考えですか?
中小規模の店舗へSuicaを導入することでユーザーの利便性が上がるのであれば、もちろん前向きに考えていきたいですね。ただ、この点に関してはユーザーだけでなく、導入いただく店舗側の考えもあるところなので、Suicaを導入したいという要望をいただけるのであればこちらも前向きな取り組みができればと思っています。店舗の拡大は当社だけでなく、アクワイアラ(クレジット会社等)と提携して行っており、今後も提携を進めていきます。
――導入店舗の開拓に関してもう一点お伺いします。Suicaはオンライン上のECサイトでも決済が可能ですよね。今後対応ECサイトを増やしていくといったことも視野に入れていますか?
先ほどの話と重複する部分もありますが、こちらも相手があるお話なので、双方のニーズやメリットが一致すれば…ということになると思います。
ただ少し脱線してしまうかもしれませんが、Suicaのチャージ手段を増やしていくという意味では、Apple PayやGoogle PayでのSuica、みずほ銀行さんと一緒に実現したMizuho Suicaなど、様々なプレイヤーと協業して取り組みを進めている最中です。そのため、オンラインにしても実店舗にしても、それぞれの業界の企業とパートナーシップを結び一緒にキャッシュレス拡大に向けた動きを取っていければと考えています。
――モバイルSuicaを軸にした今後の決済周辺サービスの展開についてもお聞きします。昨年発表された経営ビジョン内で触れられていた金融サービスや個人間送金などのFinTech事業について、今後の展望などを教えていただけますか。
「変革2027」ですね。こちらはJR東日本グループの経営ビジョンですが、今回コンセプトとなっているのは「24時間いつでもどこでも、JR東日本グループのサービスをご利用いただけるようにする」ということです。我々としては、そのキーとなるコンテンツをSuicaにしていきたいと考えています。
一方には交通という軸があり、移動にかかるストレスを軽減させシームレス化を進めていく。変革2027では「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」というキーワードで語られていますが、それとともに予約や決済に関するサービスも充実させていきたいというビジョンになっています。周辺情報の検索や、お店の予約、支出の管理といったところも含めてですね。
移動、予約、決済など生活に関する様々なサービスをワンストップ化し、Suicaを軸にしたライフスタイルを提供したいというのがこのビジョンの目指すところではありますが、当然ながら当社の力だけで実現することは難しいでしょう。他の領域に関してもそうですが、FinTech連携についてもその業界で何らかの強みを持つ企業と連携を取りながら、協業して進めていきたいと考えています。
◆生活の中心にSuicaがある未来へ――交通・決済
――「モバイル決済」が可能な電子マネーを提供するツールとして、モバイルSuicaを今後どのように拡大させていこうとお考えでしょうか。
モバイルSuicaを決済ツール単体として考えるというよりも、やはりSuicaをユーザーの生活の中心に据えられるようなサービスに育てていくことが重要だと認識しています。
経営ビジョン「変革2027」のキーワードである「Suicaの共通基盤化」を実現すること。日常生活における様々な場面で、ユーザーにとって最もベネフィットのある選択を提供できる環境を整えたいと思っています。交通や予約、決済など、朝から夜までユーザーの生活の動線に寄り添ったキーとなるサービスにSuicaを育てたい。ただ、先ほどもお伝えした通りJR東日本グループだけの力では限界もあるので、様々な業種の企業と提携しながら取り組みを進めていければと考えています。
一方、モバイルSuicaのユーザー獲得という視点では具体的な動きもあります。たとえば、従来ビューカード以外のクレジットカードを登録してモバイルSuicaを利用するユーザーには1,030円の年会費がかかっていましたが、2020年2月26日以降はカードの種別にかかわらず全面的に無料とします。既にApple PayやGoogle PayでのSuicaでは年会費が無料でしたが、モバイルSuicaアプリでも年会費がかからないとなれば、ユーザーにとっての選択肢も広がるのではないでしょうか。
また、SuicaではJR東日本グループの各種ポイントサービスを共通化したJRE POINTとの連携も行っているんですね。そういった意味でも、Suicaはユーザーにメリットを提供するツールであると考えています。
――それでは、最後に日本のキャッシュレス化の中でモバイルSuicaが果たしていくべき役割についてお伺いできますか。
キャッシュレス化という大きな動きの中で当社が貢献できることがあるとすれば、やはり鉄道を軸にした体験だと思います。従来の紙の切符をICカードに切り替えることで、日々の移動からキャッシュレスの利便性を実感していただく。鉄道に乗るたびに現金で切符を買っていた生活が、カード型のSuicaで大きく変わりますよね。そしてカード型のSuicaから、券売機でのチャージの手間さえなくなるモバイルSuicaへシフトしていただければ何よりだと思っています。
【編集後記】
切符の機能と街ナカでも使える電子マネーとしての機能をあわせもつモバイルSuica。話を聞いている中で、他のサービスとは異なる独自の立場からキャッシュレス化の促進に重要な役割を担っていることを感じた。
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MMD研究所(編集部員)