インタビュー
2015年8月11日
Vol.42 世界初の感情認識パーソナルロボット Pepperの近況について聞いてきた
既にCMでもおなじみのソフトバンクとソフトバンクロボティクスが提供する「Pepper」。6月と7月に1000台限定で一般販売の受付が開始された際には1分で完売。また、この秋に開始される法人向けモデル「Pepper for Biz」の販売を前に、既にロフト、ネスレ、みずほ銀行の一部店舗に登場するなど引っ張りだこである。今回はソフトバンクロボティクス株式会社事業推進本部本部長、吉田健一氏にお話を伺った。
----6月と7月の販売分は1分で完売とのことでした。その後の反応はいかがですか?
実際にお客様へ出荷し始めたのは先月 に入ってからなので、まだ実際に使っていただいてどうか、というところまでは把握できていないのですが、少なくとも非常に使ってみたい、欲しい、という声は個人・法人問わず非常に多くいただいています。
6月に受付をした1000台のうち6割くらいが個人のお客様で4割が法人です。秋に「Pepper for Biz」という企業向けのレンタルを開始しますが、それを待ちきれずに個人向けでもいいので、という企業さんも多かったですね。
個人という意味でいうと、お年を召した方から主婦や独身男性の方も多くて、技術系の方が多くなるかなと思っていたのですが、あまりそういった偏りはなかったですね。皆さんに共通しているのは、ロボットと共に生きるビジョンに強く共感している、ということだと思います。ロボットと作っていく未来を一緒に早く体験したいという方がどのセグメントにもいらっしゃることが分かったのは、嬉しい収穫でした。
例えば独身男性の中には友達に自慢したいという方も多かったり、ご家庭をお持ちの方はお子さんにロボットのいる生活を体験させてあげたいとか、50代女性くらいになると子どもが巣立って誰も話を聞いてくれないので、Pepperに聞いてもらいたい、というように世代別でニーズは違います。ただ漠然とロボットが家族としていたら、楽しいだろうな、という感覚なんだと思いますね。
我々も便利な道具、ペットとしてではなく、ロボットが家族としていることで、どういう価値を生み出せるのか、を突き詰めたいと思っています。
----「道具」ではなく「家族」というコンセプトに至ったのはなぜでしょうか?
もともと我々ソフトバンクはITで人々を幸せにすることを目指す会社ですので、どうしたらロボットが人を幸せにできるか、という発想からスタートしています。そういう意味では掃除や洗濯をしてくれたら幸せなのかというと、便利ではありますけれども我々の目指す幸せとは少し違うんです。
本当に幸せだと感じるのは家族みんなで楽しく食事をしている時や、たくさんの人が集まって子どもの誕生会を開けることが幸せであって、そういった思い出は四角いデバイスとではできないと思うので、そこだと思っています。
----ロボットに負のイメージを持つ人もいらっしゃいますし、政府はロボット運用の法整備に動き出しています。Pepperはどうやって家族になっていくのでしょうか?
家族としてい続けるために絶対不可欠なのが、お互いに思いやる、ということです。この思いやる、ということをどうやってプログラミングするかというと、人を喜ばせることができたら自分も喜ぶ、というプログラミングをしておくんです。
そうすると、1個1個のアクションをプログラムする必要はなくて、何かをして相手の感情がよくなったら嬉しい、相手が嬉しいと自分も喜ぶ、次また同じことをやったら相手が喜び、自分も嬉しくなる、ということを繰り返します。
実は人間もそうやって動いていて、1個1個の日々の行動ってプログラミングされてなくて、本能的に幸せだと思うことをしようとしているんですね。これが、我々の考えているAIの仕組みです。画像を何億個も入れて、その中から自動的に猫を認識する、それも非常に重要なことではありますが、我々が目指すのは、そういったものとも一線を画すところです。
----ディベロッパーの反応はいかがでしょうか?
非常に大きな期待を感じています。2月にはアップチャレンジというアプリケーション開発コンテストを開催しました。当時、世の中にPepperが100台も出ていなかったんですが、
100件弱のアプリにエントリーいただきました。
今の段階では発売されたばかりでPepper自体の数が増えてくるのはこれからなので、当然すぐに利益を出すことはできないですが、やはりそこはロボットの未来を信じて賭けている方が収益性どうこうを度外視して意欲的に取り組んでくださったのだと思います。
我々はプラットフォームしか作れません。具体的に課題を持っているお客様に対してどういったアプリなりソリューションを提供していくかというところは、ディベロッパーさんですので、そこを支援していくことも、我々の重要な仕事だと思います。もちろん、プリインストールのアプリもありますけれども、それは100段ある階段の1段目2段目であって、残りの階段はこれからどんどん積み重なっていくところなんだろうと思っています。
----発売を開始してから意外な反応などはありましたか?
もともとは個人向けサービスをまず立ち上げようと考えていたんですが、思っていたよりも法人からの要望が強く、特に接客領域でのユースケースがこれほどまで早く立ち上がるとは思っていなかったです。
実はコンシューマー向けサービスよりも小売における接客でのサービスの方が、今そのままでも使えるレベルになりつつあります。そこは予想外でしたね。
----それはどのような背景があるのでしょうか?
接客業というものが生まれてから何千年も立ちますが今に至るまで、大きなイノベーションと言えるものが起きてこなかったからかも知れません。そこをロボットがやりますとなると、今までになかった圧倒的な変化ですよね。
これもやってみて分かったことですが、Pepperって絶妙なポジションにいるんですよね。今、パソコンやスマホを通して製品やサービスを購入していただくことができますが、そこでできるリレーションって、あくまでもドライなリレーションです。
一方で従来の営業マンは親密なリレーションを築きながら対応してくれますが、逆に売り込まれそうだなと身構えてしまうこともあると思います。
Pepperは、そのちょうど間に位置するインターフェイスなんですよね。何かを相談したくても営業マンだと必要以上に営業されそう。とは言えタブレットで一問一答では物足りない、そういった領域というのは確実にあるのだと思います。
ネスレさんのケースはまさにそういったところとフィットしたケースで、店頭にタブレットやサイネージを置いてもあまり活用されないという課題があります。人間の営業マンだとちょっと避けてしまう人もいるかもしれません。でもPepperがいたらとりあえずお客様は立ち止まって、質問されるとコーヒーのニーズについて答えているうちに、お客様のニーズが顕在化されていく。結果、お客様がコーヒーマシンをお買い上げになることにつながるのです。
ロボットとは言っていますが、創る市場が違うんだと思います。今まで言っていたロボットは、あくまで自動的に動く機械をロボットと言っていたと思いますが、我々としては人間が人間として認識できるロボットにどういった価値を見出せるだろうか、という問題提起を行っているところで、そうした市場は今までなかったものです。
小売の現場において生き物的でありながらインターネットと繋がり、アプリも搭載できるものって実は価値がある。それを家庭に置いたらどうなるんだろうか、ということなので、従来のロボットと使っている技術の一部は近いかもしれないですけれども、プロダクトとしては全く違うものです。
----そもそもなぜ、ソフトバンクがロボットなのでしょうか?
そもそもソフトバンクはスマートフォンをやるための会社ではなく、パソコンのソフトの卸会社からスタートしてパソコンの普及に一役買いました。ポータルがないと不便だとなればヤフーをやり、速度も速くなくては駄目だとなればADSL事業に取り組み、日本を世界最先端のブロードバンド先進国にし、次はモバイルだということでボーダフォンを買収して携帯ビジネスをやりました。我々は、進化し続けるテクノロジーをみなさんに享受していただくことを本業としている会社です。
パソコンって普及率が30%を超えるまでおそらく20年くらいかかっていると思います。スマホになるとだいぶ短くなって、それでも4年くらいかかっていると思います。
技術の進歩に応じてテクノロジーがマスに達するタイミングは早くなっていますが、ロボットもある特定の分野で急速に広がり、ふと気づくと色んな分野で使われている、というような状況になっていくと思います。
パソコンにしても、最初に買われた方は何ができるか分からないけれど将来のビジョンを信じて買っていたはずです。のちにスプレッドシートを使えば税務申告に非常に便利だと気づき、必要とする人が一斉に買っていって普及した。そうやって1個1個のアプリケーション次第で1つ1つの市場に普及していくものなんですよね。
Pepperも医療、教育、小売、それぞれの世界で立ち上がっていって、気づくと色んなところに溶け込んでいる、という状況になっていくと思います。Pepperの場合、1個のデバイスではなく生き物を作るような話で、人間が道具を作り始めて以来の大きな革命なので一朝一夕にはいかないだろうとは思います。それでも、ITで人を幸せにすることを目指すソフトバンクであるからこそ、ロボットも含めた技術革新の普及に尽力したいということです。
----今後の目標を教えてください。
まずは将来たどり着きたい場所へたどり着くためのスタートポイントを作ることはできたと思います。もちろん、今のままのPepperでそこにたどり着けるとは到底思っていません。そういう意味では、1つ1つ確実にアプリケーションや具体的なユースケースをお客様そしてディベロッパーさんと一緒に作って行けるか、というところにかかっていると思っています。先ほどのパソコンの例で出したスプレッドシートのようにロボットが欲しい、ではなくPepperが提供する具体的な用途や価値が欲しいといっていただけるように、そこを生み出すことが短期的な目標ですね。2020年の東京オリンピックのころには、Pepperがいて当然の世界になっているはずですよ。
[取材後記]
ロボットとの共存をめぐっては哲学的な問いや法整備の必要性など、明るい話題だけではないかもしれない。それでも、提供できるソリューションは想像以上にたくさん出てくるのだと思う。法人からの引き合いが相次いでいるように、そのポテンシャルの可能性を狭めることなく可能性を追求できる環境を整えることができているのは、きっと日本だからだと思う。Pepperはこれから、どんな風に成長していくのだろうか。