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2015年7月8日

Vol.41 サイバーエージェントとエイベックスが生んだ定額音楽配信サービス『AWA』 IT×音楽は、音楽業界を救えるか?

CM記者発表会で握手をする サイバーエージェント 藤田社長(左)、エイベックス 松浦社長(右)


インターネット業界を牽引してきたサイバーエージェントと音楽業界を牽引してきたエイベックスが手を組み開発されたサブスクリプション(定額)型音楽配信サービス『AWA』。5月27日にローンチした後は約2週間で100万ダウンロードを突破するなど、出足は好調に見える。
しかし、6月29日に開かれたCM記者発表会で「Apple MusicやSpotifyが上陸するのは予想していたが、たった1ヶ月差になるとは思っていなかった。」「IT業界での経験から言うと、先行有利。急いでCMを作った」と藤田社長、松浦社長それぞれが素直な胸のうちを明かしたように、それだけ今年国内外のサブスクリプション型音楽配信サービスが日本市場でしのぎを削ることになるのはもう目に見えている。
既に世界的にサブスクリプション型音楽配信サービスが主流になっている中、なぜこのタイミングでAWAは生まれ、何を目指すのか。今回は、AWA株式会社取締役/プロデューサー、小野哲太郎氏にお話を伺った。



AWAのはじまり


---AWAの構想自体はいつくらいからあったのでしょうか?


構想は去年の5月くらいから持ち上がりました。(サイバーエージェント代表)藤田と(エイベックス代表)松浦さんがよく釣りに行っていて、その会話の中で決まった話なんです。
松浦さんはもともと海外サービスが国内を席巻する前に、自分たちで国産のサブスクリプション型音楽配信サービスをつくりたいという気持ちがあり、色々とやり方を模索する中で、釣りをしながらよく藤田に、こういうピースが足りないんだ、というような相談をしていたそうです。その話を聞いた藤田がそれだったらサイバーエージェントでできますよ、一緒にやりましょう、となったのが昨年の5月くらいです。

私は当時、社長室にいて、6~8月は藤田のサポートで市場や海外の音楽配信サービスの調査をして、8月に正式なメンバーをジョインさせてスタートしました。AWA株式会社の設立自体は12月1日でしたので、4ヶ月間はひっそりと開発を進めていましたね。

音楽が無料であることによって、音楽配信サービスは成立しない


----松浦さんはなぜ国産にこだわったのでしょうか?


海外で多くの利用者をもつSpotifyはフリーミアムモデルと言われていて、月額$9.99プランと無料プラン、2つの料金体系になっています。無料版では聴いている間に広告が入って、その広告収入をアーティストに分配するというモデルになっていますが、そのモデルに対して、音楽業界では、まだ賛否両論ある状況です。

なぜかというと、実際にレーベルやアーティストに対して対価は支払われるのですが、アーティストが魂を込めて作った楽曲に対して、音楽を聴く当事者であるユーザー自身がお金を払うわけではないからです。音楽に対してユーザーが支払うのではなく、広告に対して企業が支払っている、ということ自体が、いずれ音楽業界の創造のサイクルを崩壊させてしまうのではないか?という懸念に繋がっているんです。

かと言ってユーザーの利便性を考えると、配信やダウンロードをやるべきじゃないという考えは偏り過ぎだとも思います。いま音楽とITの関係性は、重要な過渡期を迎えていると思います。

音楽は無料で聴くことができる、という習慣や意識が根付いていく流れを止めることは難しいかもしれませんが、ユーザーに楽しんでもらえて、かつアーティストにも賛同してもらえる形を実現しない限り長期的な成功は難しいと考えています。

AWAは3カ月間の無料トライアル期間を終えると、月額1,080円で機能制限が無いPremiumプラン、月額360円で機能制限(オンデマンド再生不可など)があるLiteプラン、Liteプランを月に1時間だけ無料で使えるFreeプランを選択してもらいます。月額360円という低額でも世界中の音楽を時間制限なく楽しむことができるプランを用意したのがポイントです。レーベル、アーティスト、そして配信事業提供側、それぞれの立場で中長期的に見ると、現時点ではそれが最良の選択ではないかと考えています。


----海外の事例を見ても月1,000円が相場と言えますが、なぜライトプラン360円という価格設定になったのでしょうか?


日本では「YouTube」で音楽を聴くユーザーが多くて、その結果自分の好きなものだけを検索して聴いて終わり、というような視聴態度の傾向が強くなってしまっているので、もっと音楽と出会ってもらわなくてはいけない、という発想がありました。

ライトプランを360円にしたのは、「YouTube」などでお金を払わずに音楽を聞いている人たちに対して、出来るだけ抵抗感の少ないステップを設けるためです。また、誰でも利用を開始して3カ月間は無料で全機能をご利用いただけるお試し期間も設けています。一度「AWA」を使ってさえもらえれば、お金を払ってもいいと思ってもらえる自信もあります。

----テイラー・スウィフトさんが無料期間中は楽曲使用料を支払わないとしたApple Musicへの配信を拒否すると発表したこともありました。AWAの場合、アーティストへの還元はどうなっていますか?


2つの方法があって、ユーザーに無料で使っていただく最初の3カ月間、我々に収入がない期間は1再生当たりの固定料金をレーベルにお返しし、そこからさらにアーティストへ還元される、という方法です。

ユーザーが有料会員になった後は、我々に収入がある形になるので、収益の一定割合をレーベルにお返しします。レーベルとAWAの比率は常に固定です。各レーベルへのお支払の内訳は、楽曲の再生比率に応じて毎月変動することになります。

選ばれるために、AWAは細部にこだわり完璧を目指す


----国内外の音楽配信サービスが乱立する中で、ユーザーから選ばれるために何が必要だと思いますか?

ポイントは、音楽との出会い、操作性、データ、楽曲数、世界観かなと思っています。

まず、出会いというのは音楽とちゃんと出会えているかということです。ログインしたタイミングで必ず「あ、これ意外といい曲だな」とか、「このアーティストいいな」「これ中学生の時によく聴いてたな」というような出会い・再会みたいな感動体験をちゃんと毎回提供できるかを大切にしたいと思っています。

私たちは、数百万曲もの楽曲の中から、一人ひとりのユーザーに最適な「プレイリスト」を「リコメンド」するという方法でこの体験を実現しようとしています。プレイリストはAWAのユーザーがそれぞれの思いやテーマに沿って厳選した8曲のリストですが、現在既にユーザーが作成したプレイリストは70万個を超えています。大量のプレイリストの中からユーザー一人一人に最適なプレイリストを提示するのがリコメンドの仕組みです。このキュレーションとリコメンド、2つの機能によって、毎日新たな楽曲と出会う、というコンセプトを実現しようとしています。



操作性については、ユーザーの様々な利用シーンを想像して、どんな状況でも使い勝手がよいものであることを意識しています。
たとえば、スマートフォンを片手でしか使えないシーンも多いだろうし、音楽を聴いている途中で電話がかかってくることもあるかもしれない。そのように様々なケースを想定し、操作性を設計しています。家に帰ったらテレビでも聴きたい、車に乗ったらカーナビで聴きたい、そういった様々な利用シーンや端末にも対応していきます。

データは、特に検索精度を高めるためのデータです。例えば検索するときにアーティスト名をアルファベットで検索する人もいれば、カタカナで検索する人、略称で検索する方もいます。これに応えるために、楽曲名のデータなどを手作業でひとつひとつ整理し、調整していくという地道な改善も進めていますが、これも非常に重要なことだと考えています。

楽曲数については、やはりユーザーがサービスを選ぶときに一つの基準になっていくと思うので、これは2015年末までに1,000万曲を目指して増やしていきます。

最後に音楽のサービスを提供するにあたって、サービス自体が放つ世界観が非常に重要であると考えています。音楽が持つ世界観を崩すものであってはいけないですし、AWAで音楽を聴いているユーザーが没入できるように、サービス自体がかっこいいものである必要があると思っています。人に見せたくなるようなアプリをイメージして作っています。

----確かに、実際に使用してみてとても綺麗なUIだと思いました。こだわったところを教えてください。


現在、サイバーエージェントでは、サービス開発において、クリエイティブの質の高さにはとてもこだわりを持っています。特に音楽は、そういうものが求められる領域なので、クリエイティブにおいても世界基準のサービスにしたいという思いからユニバーサルなデザインを目指しました。日本のスマートフォンサービスは可愛いデザインのものが比較的多いのですが、音楽に関しては、可愛いに拘る必要はないと考え、スタイリッシュなデザインにしています。

あとは、操作性・使用感にはこれでもかというところまでこだわりました。矛盾が無い各ページの階層構造や、なめらかな動き、操作する指のスピードに合わせたレスポンス、再生ボタンタップから再生開始までのタイムラグの軽減などです。

それから、音楽アプリって音楽をかけ始めたらポケットやカバンに入れてしまうので、あまり画面を見てもらえないんですよね。でも、画面を見る時間が長ければ長いほど、より音楽との出会いのチャンスも増えるのでコンテンツを掘っていく楽しさを演出できるよう設計しています。気に入ったプレイリストと出会い、それを作った人のページに行き、他のプレイリストを見る。そこで知らなかった曲と出会い、そのアーティストのページを見に行きファンになる。といったように永遠と掘って行ってしまう遷移を促す設計をしています。

こういったことは言葉で説明すると当たり前のことのように聞こえるのですが、実際にユーザーが毎日使っていく上での心地よさは、こういうところの積み重ねで出てくると信じて作っています。それでもまだまだ改善の余地はたくさんあるので、これからもコツコツ改善していきたいです。

----実際のユーザーの動向はいかがですか?


やはりプレイリストから遷移しているパターンが多いです。AWAでは、あえて検索窓をトップに置かず、メニューの中に置いています。隠しているのには意図があって、検索を頼りにされてしまうと好きな音楽しか聴かなくなってしまうので、偶然の出会いを演出するためにそうしています。

----ダウンロードした時点で用意されていたプレイリストも、玄人受けのするAWAの世界観を体現しているように感じました。


もともとリリースした時点で1万弱くらいのプレイリストを用意しました。それは音楽業界のプロデューサー、音楽雑誌やメディアのライター、街のクラブでDJをしている方など音楽に詳しい方々に作ってもらっていました。

音楽通の人が、初めてAWAを触りに来た時に、これはいいなと楽しんでいただけるように、プロの方々にお願いしました。音楽業界で確固たる地位のあるエイベックスさんとだからできたことだと思います。

----他サービスの中にはソーシャル機能を打ち出しているものもありますが、AWAでも力を入れていくのでしょうか?


FacebookやTwitterといったSNS上で曲やプレイリストをシェアできるSNS機能を6月30日に追加しました。今後、オフライン環境でもデータ通信せずに再生が可能な「オフライン再生モード」、スマートフォン端末に保存された楽曲をAWA上で読み込み再生する「ローカル音源再生」など、続々と機能の拡充を予定しています。

当然、機能追加にも力を入れていきますが、何より、音楽配信サービスとしてユーザーが完全に満足できるものに仕上げたいという強い気持ちを持っています。音楽を聴くタイミングって人それぞれですが、受動的ではなく能動的なんですよね。なので、聴こうと思ったときに完璧に聴ける、イメージ通りに、あるいはイメージをはるかに超える聴き方ができる、というところを目指したいので、特殊なことをやっていくというより音楽配信サービスとして完璧な姿をまず目指したいと思っています。

6月29日に開かれたCM発表会



[取材後記]

先日のCM記者発表会では、同じ人が同じジャンルで作ったプレイリストでも再生回数に如実に差が出ることや、旅先で聞いたプレイリストを保存しておくことで、後から写真を見返すように当時の思い出を蘇らせるツールとして使えることなど、登壇した日本音楽業界のキーマンたちから実際に使用してみての気づきが語られた。IT・音楽業界関係者にとっても、AWAでできることは、まだまだ未知数なのだと思う。
登壇者の一人からは、AWAを「どう成功させるかが重要」という言葉もあった。IT・音楽業界の知恵の絞りあいに期待したい。

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