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2015年1月29日

Vol.29 ヤフーもグーグルも… IT企業続々参入の遺伝子解析サービスでDeNAが目指すビジョン

2014年8月、モバイルショッピングやソーシャルゲームの分野で日本を代表するサービスを展開してきたDeNAが遺伝子解析サービスを開始した。
IT企業と遺伝子解析サービス、一見、まったくの畑違いのようにも見えるが、DeNAはこの新領域で何を目指すのか?今回は、株式会社DeNAライフサイエンス代表取締役社長の大井潤氏に話を伺った。



----遺伝子解析サービス『MYCODE』の概要を教えてください。

サービスの流れとしては、webで申し込んでいただいて送られてきたキットで唾液を取り、送り返していただいた後、弊社の中で分析をしてまとめたレポートがweb上でご確認いただけます。特定の疾患に対する発症リスクや、体質の傾向を知ることができます。「今この疾患にかかっている」「確実にこの疾患にかかる」といった病気を診断するものではなく、あくまで遺伝的な傾向を知るためのものです。あなたが所属する遺伝子グループは日本人の平均のグループに比べて何倍のリスクです、という遺伝子グループ対遺伝子グループの傾向値を出します。

また、検査メニュー(「オールインワン280+」または「ヘルスケア100+」)を購入した方を対象として、生活改善プログラムというものも提供しています。これは管理栄養士の資格をもつアドバイザーが健康増進のためのアドバイスをテレビ会議システムを活用し、面談形式で行なうものです。

様々な個人向け遺伝子検査サービスが出てきている中でも、一気通貫でやっている会社は珍しいですね。東大医科学研究所の中に弊社のラボがあるのですが、そこの研究員は弊社で採用しています。これまでDeNAが雇ってこなかった職種ですが、論文を読み込まなくてはいけないので博士号を持っている方、いわゆるポスドクと言われる方、健康のアドバイスをする管理栄養士さん、遺伝の専門家である認定遺伝カウンセラーさんも採用しています。

----なぜ、この分野に参入したのでしょうか?

弊社は、当初eコマースで成長して、次にソーシャルゲームで成長してきましたが、次に何で成長しようかというのが課題になっていました。ある程度リアルで巨大な産業、且つインターネットを組み合わせることでイノベーションを起こせる可能性のある分野を模索する中で、その可能性を見出せたのがヘルスケアの分野でした。

タイミングとしては、弊社の南場が2年間くらい家族の療養で退いて、ちょうど一昨年の4月に戻るタイミングであったということも大きいです。南場の個人的な体験としても病気になる前に何かできなかったのかという課題意識がありました。
病気になってから手当をするシックケアではなく、病気になる前、健康なうちから気づきを得てヘルスケアを意識し、健康を増進していく。そういうことが当たり前の社会を創っていきたいというのが大きなテーマになっていました。

そこで、ITサービスの会社である弊社ができることは何かと考えたとき、個人をエンパワーして健康をマネジメントできるようなインフラを創れないかと着想しました。



遺伝情報から入ったのは、ちょうどビジネス環境としても、一つのゲノムを読むのに13年の時間と3000億円のコストかかります、という時代からどんどんコストが下がって、個人向けのサービスができるまでの価格になってきたという要因があります。

それから、我々はサービスのプロではあっても遺伝情報のプロではないので、東京大学の医科学研究所というパートナーを得ることができたのは非常に大きかったですね。

医科研ではこれまでに様々な研究をしてきたけれども、その成果を社会に還せない歯がゆさを抱えていたんです。一方で我々は、科学的根拠に基づいたヘルスケアサービスをお届けしたかった。この二つの思いがあって、共同研究をやりましょうということになり、東大医科学研究所と弊社、あとセンター・オブ・イノベーションという文科省のプログラムに採択され、両者で共同研究を行い、その成果を活用して、弊社がサービスを提供することになりました。

このセンター・オブ・イノベーションという事業も面白くて、10年後のビジョンを見据え、そこから逆算していま何ができるか考えましょう、というプログラムです。研究の成果は論文ではなく、社会で事業が起こったり企業が立ち上がることでこそ結実する、というビジョンなんですね。

この業界の規範になりたい

我々の場合は、東大医科学研究所との共同研究で貯まったヘルスビッグデータを、もう一度解析して一般消費者向けのサービスへとどんどん循環させてサービスの質を上げ、規範的な遺伝子検査サービスを構築することを目指しています。

当然、まだ未成熟な市場で規範となるために倫理面への配慮は徹底しています。検査の申込に研究に利用する旨の同意書を同封しているので、それに同意していただいた方に関しての情報のみを研究で活用しています。現状、80%以上の方々に同意いただけています。
また、実際に研究に利用する際には、事前に利用する旨のお知らせを送付します。そこでもし研究に利用されたくないということであれば、そこで同意を取り消すことが可能です。

倫理面に関しても、東大医科研との共同研究を受け、厳格に取り組んでいます。特に黎明期だからこそ、多少まどろっこしいことがあったとしても、この業界のスタンダードを自分達が作り、この業界の規範となることを目指しています。低いスタンダードではく、高いスタンダードを。だからとにかくオープンに、情報を開示しています。

セキュリティ面においても、PCI DSS*1) という、クレジットカード業界のグローバルセキュリティー基準と同等のレベルをクリアしています。DeNAには個人情報を取り扱うサービスが多くありますが、その中でも最高レベルのセキュリティ対策です。

*1) PCI DSS... クレジットカード会員データを安全に取り扱う事を目的とし、国際ペイメントブランド5社が共同で策定したクレジットカード業界のセキュリティ基準




我々のビジョンはセルフメディケーションという言葉に集約されますが、そこには各個人についての情報と、専門的な情報の二軸が必要だと思っています。
個人の情報に関しては『MYCODE』や生活改善プログラムの提供、今後発表する新たなサービスによって第一段階のツールは出し揃えることができると思っています。
また一方で、格差が生まれがちな高度で専門的な情報を自分事化してもらえるような取り組みも行っているのですが、それが『Medエッジ』という医療健康情報サイトです。

通常、世界の論文は全部英語で書いてあるので普通の人は読む機会もないと思いますが、そうした論文をかみ砕いて日本語にし、1日10~20本提供しています。これが結構面白くて、私もよく影響を受けて実践しているんですが、たとえばココアが体にいいとかね、神の飲み物とか書いてあると、飲んじゃいますよね。
Medエッジで特徴的なのは、こうしたやわらかい記事でも一番下に論文の根拠を示しているところです。

一番大事なのは科学的な根拠だと思っています。科学に対して誠実にいきたいので、こういったものも、全部世の中に出た論文ベースで掲載を決めています。我々は有資格者でも医者でもなんでもないわけですから、何か科学的根拠があるかないかというところでビジネスの線を引くように意識しています。

----これまでソーシャルゲームなどで培ってきた経験が生きている点はありますか?

これからという部分も多いんですけれども、今回のセルフメディケーションで重要なところは、途中で気づきを得て行動を変えてもらい、それをいかに継続してもらうか、というところだと思っています。そこで言えるのは、我々がこれまで提供してきたゲームというのは、基本的に無料でインストールして頂き、有料のアイテムを提供しながらどうにか継続して楽しんで頂けるよう様々な演出を行うというビジネスモデルなんですよね。

それに置き換えると、検査を受けた方に気づきを与え、いかに行動を変えていただくか、そしてその行動をどう継続してもらうか、というところにこれまでのゲームで培ったノウハウをしっかり生かしていきたいと思っています。サービス開始から間もない段階でアンケート調査を実施したところ、サービスを受けた人の43%が行動を変えたという結果が出ているので、引き続き丁寧に見ていきたいです。検査を受けておしまい、では当サービスの本質的な意味合いがなくなってしまうので、検査を受けたことで意識がどう変わり、行動をどう継続させていくか、というところをサポートしていきたいと思っています。

----ターゲット層もこれまでとかなり違うのでは?

まず、リテラシーの問題からサービスの対象を20歳以上にしています。ボリュームゾーンは30~40代の男性ですね。このサービスは世代によって結果の味方が変わってくると思います。たとえば若い人はこれからこういうリスクがあるんだっていう見方をすると思いますし、60代くらいの方々は将来のリスクもそうですが、自分はこれでこうだったのか、と自分で自分を再発見するというような使い方ができます。
昨日お会いした60代の方なんかは平均の数値が出ていたので「よかった〜」とおっしゃっていました。30〜40代の人であれば、お酒を控えようとか、そういう将来のリスクへの予防的な観点を持ってMYCODEを使って欲しいですね。

サービスインまでの準備期間は約1年

----準備に相当な時間がかかったのでは?




サービスの具体化に向けて動き出したのは、7月の東大医科研訪問がきっかけでした。そこから体制づくりを始め、facetofaceのMTGを50回以上行い、検査のアルゴリズム開発、また、コンテンツについても20名以上のドクターに監修していただきながら、慎重かつ迅速に、作業を進めました。
実質サービス開始が昨年の8月12日ですから、準備期間1年くらい。本格的な共同研究が始まったのは一昨年11月くらいで、そこから世界中の論文をすべて読み込みました。

アメリカでは23andMe*2)という会社が有名なのですが、弊社の前社長が先方と話をしたら凄くクオリティの高いもの出しているという話になって「どれくらい時間かけたの?」と聞かれ「実質1年くらい」と答えたら、非常に驚いた様子だったそうです。

短期間と言われる準備期間でしたが、その代わりにその間の密度たるや(笑)先生方が毎週毎週、論文をどっさりと持ってきてくださっていました。でもそのおかげで、日本人のリスクデータベースでは、世界に比類のないデータベースがもう出来上がっています。

*2)23andMe...米国の遺伝子検査企業。グーグルが支援していることで有名。



----大井さんの経歴をお聞かせいただけますか?




私の経歴はすごく変わっていて、大学出てすぐ当時の自治省(現総務省)という役所に
入り、そこで17年くらいずっと地方財政をやっていました。最後のポストは消費税の引き上げ分の配分を決めたりとか、東日本大震災の復興予算19兆円のフレームを決めたりとか、非常にやりがいを感じることをやっていたんですね。充足感もありましたが、家庭の事情もあり辞めました。

数年ほど親族の事業に携わっていたのですが、ある時DeNAから面接のお誘いをいただき、ゲームをやってくださいっていう話であれば遠慮します、というスタンスだったんですが、当社もその時から他産業への参入を考えていて、そういうところでもう一度イノベーションを起こしたいんだ、という話だったので、それならばということで入社したのが昨年の4月です。



差別されない社会インフラが必要

----課題は何でしょうか?

今、法の面は真空状態なんです。日本には、遺伝子についての規制が全くない。アメリカだと、遺伝子検査で保険の加入の差別をしたら違法ですよ、雇用の差別をしたら違法ですよという法律があるのですが、そこがほぼ何もないんです。

アンジェリーナ・ジョリーさんがなぜ遺伝性の乳がんだと公表できるかというと、自分の子どもも含めて差別されないという保証があるからです。なので、そういった差別されない社会インフラを整えるということは日本にも必要だと思います。
差別を含めた遺伝情報の利活用をどうするかということについて、大きな指針が欲しいです。アカデミアの先生方などもよく仰るのは「多様性」。みんな違ってそれでいいという雰囲気が出てくることを望んでいます。

個人情報の面でも、よく遺伝情報は究極の個人情報だと言われますが、一部の遺伝の配列が分かっただけで本人特定できるのか、などの議論が出されることは必要だと思いますが、逆にガチガチに規制し過ぎてしまうと、今度は科学の進歩が止まってしまうわけですね、そこをしっかり規制を作る側の方々には考えて欲しいと思います。

また、社会的なリテラシーを上げていくことも重要だと思います。私もエンドウ豆(のメンデルの法則)しか知らない世代ですが、やはり海外だと遺伝についての教育が早いんですよね。もちろん、差別ではなく多様性という教育が行われていて、我々もそういったところは積極的に啓発活動を行ったりしています。今後ともそうした活動には力を入れて取組んでいく予定です。


[取材後記]

遺伝子研究の世界に確実はない、と言われる。MYCODEでも昨年10月、検査項目を2つ減らした。これは、ユーザーに誤解を与える可能性があるとして項目から外したものだ。
科学的にも進化の途中にあり、法的にも「真空状態」のこの黎明期において、企業がいかに科学とユーザーに誠実であれるかが今後を左右するのは間違いない。
この未開拓地にも果敢に挑戦することを決め、わずか一年で最高レベルにまで体制を整えたDeNAは、やはりさすがだ。
現状のサービスはまだ第一段階に過ぎないという通り、日本における遺伝子ビジネスはまだ始まったばかり。今後は私たちユーザーのリテラシーも求められていくだろう。


MYCODE
https://mycode.jp/

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