インタビュー
2026年6月3日
【デジタル給与導入企業パイオニアインタビュー第1弾】メリットは「未来を見据えて」。
DAISOが“爆速”で給与デジタル払いを導入した理由
──半年で導入を決めた背景と、数年先を見据えた布石──

100円ショップ「DAISO」を国内外で展開する株式会社大創産業は、2026年5月の給与支給時より給与のデジタル払いを開始した。楽天ペイ給与受取とPayPay給与受け取りの2サービスに対応し、まずは正社員を対象に運用をスタートしている。給与のデジタル払いは、2023年4月に制度が解禁された比較的新しい仕組みだ。しかし、小売業での導入事例はまだ多くなく、実際の運用や現場での課題について語られる機会も限られている。
そこで今回は、導入を担当したグローバル人事総務法務本部 グローバル人事部 労務課 課長の内藤丈敬氏に、導入の背景や検討のプロセス、現場のリアルな反応、そして数年先を見据えた狙いについて話を聞いた。
目次
■「取り込む必要はない」――制度解禁時の率直な受け止め
■ 5年後、10年後を見据えて――検討から半年での開始
■ 悩んだのは「やるべきことの洗い出し」とシステム改修
■ 従業員にはLMS(ラーニングマネジメントシステム)を活用し、周知
■ 選択肢が増えただけ――まずは正社員から、出てきた声は肯定的
■ 最大想定利用率は「10%程度」――目的は選択肢を増やすこと
■ 財布を持たない時代へ――給与の受け取り方の未来
「取り込む必要はない」――制度解禁時の率直な受け止め
給与デジタル払いの制度については、以前から把握されていましたか。
はい。情報としては入ってきていましたので、「ついにやるんだな」という認識でした。ただ、私自身の率直な受け止めとしては、まだ取り込む必要はないかな、というものでした。基本は銀行振込ですし、電子マネーを使いたい方は、ご自身で口座からチャージすればいい。会社としてまずは様子を見よう、と思っていました。
受け手である従業員やアルバイトのスタッフは、すでに自分の判断でデジタルマネーへチャージできる。だからこそ「企業側が無理やり導入するものではない、給与計算というセンシティブな部分のため、精査することが大切」というのが、当初の見方だった。そして、この考えは現在も変わらないという。その中で、なぜ大創産業は給与デジタル払いを始めたのか。
5年後、10年後を見据えて――検討から半年での開始
導入しないという選択肢もあったかと思います。決め手は何でしたか。
先進的な取り組みや、これからの世の中の流れを踏まえて、会社として取り組んだ方がよいのではないか、という判断でした。一度方針が決まれば、あとは「取り組むのであれば、中身を調べて、従業員にとってプラスになる仕組みにしていこう」という形で動きました。
決め手として語られたのは、今この瞬間のメリットではなく、数年先を見据えた視点だった。内藤氏は、今ではなく3年後、5年後、10年後に社会がどう変わっているかを見据えたうえでの導入だと話す。
今すぐの効果というより、少し先を見据えた判断ということなのですね。
そうですね。今後は日本も、海外のように財布を持たないような方向に進んでいくのかな、と思っています。そうした流れのなかで、先に取り組んでいるからこそ、外から見たときに先進的な取り組みをしている企業だと受け止めてもらえる。差別化という意味では、今のタイミングでの導入は決して遅くないと考えています。

特徴的だったのは、その判断から運用開始までの期間だ。社内で導入が決まってから、実際にスタートするまでにかかった期間は半年ほど。内藤氏はこれを「爆速」と表現する。
半年というのは、かなり早いスピードですね。
会社自体が、すべての面で他を圧倒するスピード感でやっていこう、というのが基本の姿勢なんです。意思決定とプロジェクトの推進が速いのは、会社の方針として決まっています。
悩んだのは「やるべきことの洗い出し」とシステム改修
導入そのものの仕組みに大きな難しさはなかったというが、検討の中心になったのは「何をしなければならないのか」という作業の洗い出しと、2つの電子マネーを導入することによるシステム改修への対応だった。
検討の過程で、特に手間がかかったのはどの部分でしたか。
仕組み自体が難しいというより、何をしなければならないのか、というタスクの洗い出しの方が中心でした。導入ステップの流れを確認しながら、必要な作業を一つずつ整理していった形です。あとは、2つの電子マネーを導入するためのシステム改修の部分ですね。
同社は給与計算システムに電通総研のソリューションを採用しており、今回のデジタル払い対応もその中で進められた。楽天ペイ給与受取とPayPay給与受け取りの2サービスに対応したが、同時に2つの電子マネーサービスの導入事例がないことによる要件定義には難航した。その中で、システム改修の負荷はサービスによって大きく異なったという。
2サービスへの対応で、改修の負荷に違いはありましたか。
改修の負荷というよりは、システム的な「アプローチの違い」が大きかったと感じています。PayPayは弊社の現行システムと構造が近く、スピード導入が可能でした。対して楽天ペイは、決済フローの安全性や利便性を高めるための設計となっておりました。結果として両者に対応したことで、対応力も広がり、双方にとって非常に有意義な開発となりました。
内藤氏は、給与デジタル払いの導入にあたってはシステム改修が必要になる場合があると考えており、システム改修の投資に対する考え方が導入の妨げになりうるのではないか、と語る。給与デジタル払いの普及や電子マネーの社会への普及及び見通しが今後ほかの企業が導入を判断するうえでの分かれ目になるのではないか、という見方だ。
従業員にはLMS(ラーニングマネジメントシステム)を活用し、周知
導入にあたっては、従業員への周知や同意及び規程改定も必要になる。給与のデジタル払いは、厚生労働省が主管し、ガイドラインで従業員への説明や同意が求められているためだ。
従業員への周知は、どのように行いましたか。
給与デジタル払いについては、厚生労働省のガイドラインで説明と同意が求められています。社内に全社掲示板やLMSのシステムがありますので、それを活用して全体に周知しました。
※LMS(Learning Management System/学習管理システム)
選択肢が増えただけ――まずは正社員から、出てきた声は肯定的
導入の対象は、まず正社員からとしている。利用しているのはまだ一部の正社員だが、出てきた反応はおおむね肯定的だという。
正社員の方の反応はいかがでしたか。
「電子マネーの給与支給を始めるんですね」というくらいの受け止めですね。普段からキャッシュレス決済を使っている方もいますので、否定的というよりは肯定的です。正社員からすると、これまでの受け取り方に加えて選択肢が一つ増えただけですから、わざわざ自分でチャージする手間がなく、一定額が直接振り込まれるのは便利だ、という声も聞かれます。
一方で、運用する側の負担は、若干ながら増えているという。給与デジタル払いの対象口座が増えれば、その分だけ給与振込時の確認作業が増える。給与は間違いがあってはならない業務であり、チェック作業には慎重さが求められる。
対象を今後広げていくお考えはありますか。
将来的には、もう少し広げていくことを考えています。ただ、対象を一気に広げてしまうと、対応がそれだけ増えてしまう。口座のチェックは一件ずつ確認が必要ですので、人数が増えればその分の負荷も大きくなります。給与計算の現場の状況を聞かずに進めるのは難しいので、確認作業を仕組み化できれば、という考えです。
同社は従業員に占めるパート・アルバイトの割合が高く、年齢層も学生から年配の方まで幅広い。対象を広げたい意向はあるものの、安易に対象範囲を拡大することで、給与支給に誤りがあっては会社の信頼性に直結するため、慎重に進める方針だ。
最大想定利用率は「10%程度」――目的は選択肢を増やすこと
利用率はどの程度を見込んでいますか。
公開されている他社の事例で、利用率が10%程度というものがありました。私たちとしても、伸びても10%くらいかな、という見立てです。ただ、利用率が高いことがよいとは思っていなくて、完全に移行するというのも違う話なのかな、と考えています。
同社の中では給与デジタル払いはあくまで一つの手段。従業員が選べる選択肢を増やすことに主眼が置かれている。
運用面で、課題に感じている点はありますか。
業務で言うと、振込の確認や、口座が増えることによる作業の負荷があります。受け取りの口座が増えれば、その分だけ口座ごとの確認が必要になります。給与は間違いがあってはならないものですので、確認の作業は慎重にならざるを得ません。直接のコストよりも、こうした間接的な業務負荷をどう軽減していくかが、今後の導入の進め方に関わってくると思っています。
財布を持たない時代へ――給与の受け取り方の未来
現時点でのメリットは限定的だとしつつ、内藤氏は今後の社会の変化を見据えていた。
給与の受け取り方そのものも、変わっていくと思われますか。
変わると思いますね。給与の構造は、これまであまり変化がなかった部分です。デジタル化が進めば、週払いや日払いといった受け取り方も考えられます。たとえば、スキマバイトのサービスでは日払いや週払いが広がっていますが、その受け取りも現金ではなく、デジタルで受け取る形が出てきています。 人口が減っていくなかで、従業員が企業に求める給与の形も多様化していくかもしれません。受け取り方によって企業を選ぶような時代になれば、すでに取り組んでいることが、新しい仕組みを取り込みやすいという容易さや、先行しているという面で生きてくるのではないかと思います。
特に、若い世代やアルバイトの採用、多様な人材の雇用を進める企業にとって、こうした制度は「いろいろな取り組みをしている会社だ」という印象につながり得る、という見方も示された。内藤氏は、多様な働き方や受け取り方に応えられるかどうかが、企業が選ばれる要素の一つになっていくと見る。今回の導入は、その変化を見据えた布石なのだという。
株式会社大創産業について
株式会社大創産業は、100円ショップ「DAISO」をはじめとする店舗を国内外に展開する企業。2026年5月の給与支給時より、給与のデジタル払い(楽天ペイ給与受取・PayPay給与受け取り)を導入している。

MMD研究所 運営チーム(エムエムディーケンキュウジョ ウンエイチーム)
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