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2015年6月8日

Vol.39 「.tokyo」に「.moe」...新gTLD時代に企業が考えるべきインターネット戦略とは

おそらく多くの人が普段意識することのない「ドメイン」に今、ある変化が起きつつある。「新gTLD」という言葉をご存知だろうか。TLDとは、トップレベルドメインのことで、「.jp」「.com」がこれに当たる。実は私たちが使い慣れているこうしたドメイン以外に、今多くのトップレベルドメインが申請され運用が始まっているのだ。たとえば「.tokyo」「.school」そして「.moe」(「萌え」の意がある)などユニークなものも登場している。

この新gTLDプロジェクトが始まる以前は22種類で運用されていたが、今後は1000種類以上増えていくことになる。企業ブランディングあるいはマーケティングという観点から重要な意味を持つ「ドメイン」に起きるこうした変化を、企業はどのように捉えればよいのだろうか。

今回は2002年より一貫してドメイン事業に携わり、トップレベルドメインの決定権を持つICANN主催の国際会議にも参加するなど、“ドメイン”を知り尽くす株式会社ブライツコンサルティングの村上嘉隆氏にお話を伺った。




新gTLD開始の舞台裏


もともと98年にICANN*1)が設立されたときから、トップレベルドメインにはいわゆる“商標権”とは相反するコンセプトがありました。商標権というのは、権利者以外にその使用を許すことのないものですが、ドメインというのは多くの人にどんどん使用してもらって、インターネットのつながりや世界を広げよう、というコンセプトなんです。

「.com」とか「.net」に連なるドメインって単純な文字列として捉えれば枯渇しませんが、ユーザーとのコミュニケーションの手段として捉えれば、「.」の前に来る文字列とcom やnet には一連の意味を持たせるべきで、そう考えると、「名称.com」や「単語.com」では枯渇や不便が出てくるわけです。なので、新gTLDの発想というのはごく自然なものかもしれません。

98年当初から将来的にはトップレベルドメインも自由化していこうという考え方はありました。ICANNでは年に3回、世界中から識者が集まって議論をしていますが、2008年7月のフランスの会議でついに新gTLDを始動させましょうと採択されて、そのあとに申請の仕方や周知していく方法などについてのガイドラインを策定していきました。実はそれに5年くらいかかったんですね。

*1)ICANN...インターネットのIPアドレスやドメイン名などを全世界的に調整・管理することを目的として設立された米国の民間非営利法人


2014年10月にLAで行われたICANN国際会議の様子


国際会議に参加したブライツコンサルティングのメンバーと


インターネットの世界のマルチステークホルダーモデルを採用し、要はICANN自体が究極の民主主義にのっとっているので、発言権のある僕らが1人でも「それもうちょっと考えてください」って手を挙げると、再考しなければいけないんです。時間はかかりますが、みなさんが満足いくように理論上はできています。

そういった議論を経て2012年から新gTLDの申請が始まり、今年5月中旬の段階でICANNとの契約が完了したのが900件超です。これらのうち600件以上は既に運営を開始しています。

次のICANN国際会議は2015年6月21日から、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されます。私も参加しますので、世界中のドメイン業界関係者と交流し最新情報を持ちかえろうと思っています。

ドメインは、コストか?資産か?


基本的な話ですが、ドメインの持つ意味はその立場によって違ってきます。たとえばドメインよりも歴史が長く、似た役割を果たしてきたものの1つに商標があります。商標は知的財産の1つで、製品、サービス、ブランド名でビジネスをしている人たちが、各地で排他的に自分たちのビジネスや利益を守るために必要な仕組みであり権利です。

今日、エンドユーザーが情報にアクセスする手段、情報を発信する手段はインターネットが主流になっています。そのインターネット上でサービス名なりブランド名なりで、各地のドメイン(ccTLD)を取り保護・監視しなければ、他の人に悪意を持って使われてしまうかもしれない。ということで商標と同様にドメイン名の戦略的な登録と管理が重要になってきます。

具体例で言うと、ある電機メーカーが、社名、ブランド名の文字列で「.jp」と「.com」だけ登録して安心していたら、第三者によって同じ文字列のドメイン名が違う国のコードで登録されてしまったケースがありました。実際にそのサイトに行ってみると色んな電機メーカーさんの製品が売られている。そうすると、最初は明確にその会社の製品を買いに行こうと思っていたのに、見比べているうちに目移りして違う会社の製品を買ってしまう。これは明らかにドメイン登録・保護・監視を怠ったことによる機会損失ですよね。実はこうしたことは頻繁に起こっているんです。

ドメインのコンサルティングをしながら私が感じている課題というのは、ドメインはコストなのか資産なのか、というところです。残念ながら日本の企業はコストと考えがちなんですね。

たとえば商標権というのは歴史も深く各国に細かい規定・法律があって、これを取らなければ自分たちの権利が守られないというン認識があるので、多くの企業は積極的に取得し、知的財産、つまり資産と位置づけていると思います。

意味を持つ文字列で識別要因となる以上、ドメインにも同じ性質があるのですが、単価が低く、新gTLDの始動に伴い急激にその種類が増えていることで、おそらく担当の方々は「また出たか…」と、そういう認識になってきてしまっているのかなと感じます。

2月にシンガポールでICANNの国際会議があり、そこで弊社のお客様、海外のコンサルタント、そして大規模外資系企業のドメイン担当と議論したところ、海外の方々は「ドメインを資産と考えますか?コストと考えますか?」という問いに対してズバリ「資産です」と答えました。

なぜなら、「確かに自分たちの持っている何百というドメインネームの95%以上は何の役にも立たないただのコストに見える。しかし残りの5%がプロフィット(金)ではなくとも、ベネフィット(得)という形で莫大な利益をもたらしているんだ」と。そして、「その利益分を計算すると、かかるコストの部分をすべてカバーできる。だから我々は大事な資産だと考えている」ということでした。莫大な利益を生み出す源の5%を傷つけないために、他の95%を取得し保護する必要がある、という考え方なんですね。


新gTLD時代を迎えるに当たっては、発想の転換が必要

これまでは、新しいものが出たら保護戦略の一環として取りましょうというのが企業の考え方でした。新しいものといっても1年に1個とか2個くらいのレベルだったので、全体の予算からみても、さほど大きな出費にはならずに粛々と進められてきたと思います。

しかし今後はものすごい数の新gTLDが出てきます。嫌というほど波のように押し寄せてくる中で「全て取って保護しましょう」というのはあまり良いアイディアではないと思います。もちろん我々の業務を考えたら「全部取りましょう!」とお金に糸目をつけずに言ってくださるお客様がいたら、それはそれで嬉しいんですが(笑)コンサルタントという立場から言うと、あまりオススメしません。

全部取るとなると、コストもかかるし管理も煩雑になるんですね。どうすれば良いかというと、全体像を俯瞰して有用なものをピックアップしていく。そして、それ以外のものは監視していく、というのが大事だと思います。

どの会社にも広義のインターネット戦略があると思います。そして、そうしたインターネット戦略に基づいたゴールに向かっていく中では、必ずどこかのタイミングで地域や文字列を指定して適切なドメインを取る必要が出てくるはずで、やみくもに全て取るとか、“ドメイン=コスト”的な偏った考えはなくなるはずです。

自社のインターネット戦略を成功させるためには最低でもこのドメインが必要なのでこれは取りましょう、そう考えると、このドメインは第三者に権利を侵害されると困るので保護しましょう、他は関係ないので監視でいいです、という適切な取捨選択ができ、予算もつけやすいでしょうし、費用も最低限で済みます。

欧米ではすでにそういった発想になってきているので、予算のつけ方、アプローチが違います。実際に海外の先進的な企業は様々なドメインを独自の観点・戦略に基づいて巧妙に押さえています。

新gTLDの積極利用


新gTLDの画期的な活用の可能性が垣間見れる事例として、Amazonが「.reviews」というドメインで『funny.reviews』というのを登録し、面白いコンテンツを提供しています。何かというと、Amazonのサイトって商品があったら、その下にレビューを入れるじゃないですか。そのレビューの中で笑えるような面白いものだけを集めたまとめサイトになっているんですね。

これが本当に面白くて、例えばバナナスライサーがあったら、「うちのバナナは反っている方向が逆だから使えないね」とか、Tシャツがあったら、「そのロゴはオレの胸にタトゥーで入ってるから必要ないぜ」とかですね。

仕組みとしては、Amazonのサイトへ転送しているんですが、そのドメインネームの中には、Amazonという言葉は一言も出てこないんですよ。Shoppingという単語もありません。商品名も入っていなくて、会社名も国の識別も入っていない。でもコンテンツとしての斬新な面白さでユニークユーザ数が伸び、レビューに紐付く商品情報にたどりつくのかもしれない。というところで言うと、新gTLDの全く新しい使い方ですよね。

彼らは新gTLDを何かに使える、必ずマーケティングに活用して自分たちの顧客を引き込めるという発想の下にやっていると思うんですね。そういった発想の転換が日本にも1つ必要なのかなと思います。

今数ドルかけることで、将来どれだけの利益を生むか分かりません。Amazonという会社の業態がECだから、というのもありますが、今後、サービスや商品、ライフスタイルや地域など、直感的に分かりやすい新gTLDがたくさん出てきます。コーポレートサイトだけでなくキャンペーンサイトでも、様々な使い方があると思うので、積極的に使ってみてもらいたいです。


特に日本人にはドメインってなじみが薄いですよね。よくコーポレートサイトで使われる「○○.co.jp」って細かい住所が先で国名が最後に来る海外の住所表記のルールと一緒なんですよ。なので、外国人からすれば非常に分かりやすいのですが、日本の住所表記とは間逆なので日本人にはピンとこないと。しかもアルファベットも普段使用しないですし、一方でCMで「○○って検索」というトレンドができて、それが一つの文化になったことで、さらにドメイン名になじみが薄いんですよね。そこは、我々みたいな立場の人間だったり、ICANNもレジストラ*2)も含めて業界全体でもう少し盛り上げていかなければいけないと思います。

技術革新って気づかないうちに浸透していくものだと思うんです。フェイスブックもみんなが使い出して、「ああ、こんな使い方があるんだ」って気づいて広がっていったように、ドメインも私個人的にはキッズ層が使い始めたりすると一気に広がっていくんじゃないかなと思います。

例えばサーフィンをやっている子が「.surf」を取って動画や写真を載せてシェアすることで、情報発信や自己表現の手段の1つになると思うんですね。「.surf」、「.green」、「.music」…など、日常的な言葉がドメインとして使いやすくなったことで雰囲気や意図といったものに強く呼応するようになります。

今後は、サイトにたどり着くためのインターネットの住所というだけでなく、より発信される情報を体現し、インターネットをより直感的に面白くすることができると思います。広告・情報発信の幅を広げるツールとしても盛り上げていけるのではないかと思っています。

*2)レジストラ...ドメイン名の登録申請を受付け、そのデータベースを管理する業者




[取材後記]

トップレベルドメインが表立って話題になることはあまり多くはないが、インタビューにもあったAmazonのケースなどはマーケティングに直結する施策で興味深い。今後、各企業がどのようなドメイン戦略を行ってくるのか、あえて注目してみるのも面白いのではないだろうか。

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